先日、第20回
歌舞伎フォーラム公演を見に江戸東京博物館に行った。
歌舞伎フォーラムは毎年江戸東京博物館で公演される。
歌舞伎を身近に感じ、手軽に出かけられ、安く見られるようにと、博物館内のホールでの興行となる。興行と言っても前売りS席で4500円と安く抑えるので大変だ。
舞台を支える裏方の人数も少なくなってしまう。
道具、衣装、全てを少人数で替えるので、演目の間の休憩時間が長い。
長いと言っても20分ほどなのだが、その間に舞台上を清掃して、大道具を架け替え、小道具を出すのだから大変。
役者は衣装から化粧から、全て準備をし直す。役者の人数も少ないからだ。
その分、一人の役者の演じ分けを十分堪能できて、観客としては大変興味深い。
そしてホールが大きくないので、演じる役者を芝居小屋で間近に見るようで面白い。
大仕掛けの歌舞伎ではないので、役者に気持ちが集中できるも良い。
昨日が最終公演日だったので、もう少し早くレポートが書ければ興味がある方は行けたかも知れないですね。
片岡松之助さんの奥様に案内して頂き、初めて楽屋を尋ねた。
松之助さんは今回の公演に出演する役者の中の筆頭だ。
楽屋での松之助さんは、普段の松之助さんとは違っていた。
本番前の役者の顔。
目つきも顔立ちも、立ち姿も違う。
奥様も役者の女房の顔だった。
ホール入り口に立ち、贔屓にしてくれている方々に挨拶する。
頼まれていたチケットの手配、関係者への連絡。
役者であるご主人に関わることを全て取り仕切る。
有能な秘書に優るとも劣らない働きぶり。
松之助さんとは何度か同じカウンターで飲んだことがある。
たまたま私が居合わせただけなのだが、そこで歌舞伎や芝居の話になり、いろいろなことを教えて頂いた。
奥様が飲みに来られていた時に、冗談半分に歌舞伎座の桟敷席でいっぺん芝居を見てみたいと言ったら、なんとその場で松之助さんに電話をしてくれた。
さらに松之助さんが本当に頼んでくれると言うので驚いた。
しかも松之助さんは自宅からわざわざその店に出てこられた。
その日は深夜まで歌舞伎の話に花が咲いた。
片岡松之助さんは四代目で、緑屋の屋号を継いでいる。
十三代片岡仁左衛門が師匠で、現在は十五代仁左衛門の一番弟子。
そのときの歌舞伎座は十三代仁左衛門の追悼公演をしていたこともあったのだろう。
冗談半分で言ったことなのに、なんと便宜を図ってくれたのでした。
松之助さんは地方公演が入っていてその興行には出ていなかった。
次はぜひ松之助さんの舞台を、とお願いしていたのが今回の歌舞伎フォーラムとなったのです。
舞台は素晴らしいもので、涙も笑いもある。
松之助さんの存在感もひときわだった。
数々の受賞歴があるのも納得の舞台。
その松之助さんは西葛西とかかわりがあるのですが、それはまたの機会に。
芝居と言えば、幕間に食べる弁当も楽しみの一つ。
でも江戸東京博物館では歌舞伎座で弁当を食べるようにはいかない。
昼飯は博物館内のレストラン モアで食べることになった。
モアでは明治から現代を代表するメニューが自慢とのことで、オムライスと一緒に深川飯や牛鍋なんかが並んでいる。
その中に明治風カレーと言うのを発見。
西洋料理指南のレシピに沿ったカレーとのこと。
『西洋料理指南』は明治5年に出版されたレシピ本。
イギリス人が植民地の人々に料理を教えるために作ったレシピ集を翻訳したもの。
同じ年に仮名垣魯文が書いた『西洋料理通』にもカレーのレシピが載っていますが、西洋料理通のレシピは肉のカレー。
西洋料理指南のほうはシーフードカレーのようなもの。
西洋料理通レシピは、『鶏肉または子牛肉、ネギ、リンゴを、カレー粉と小麦粉と水、あるいはスープで4時間半煮込み、最後に柚子を少々加える』と言うもの。
サラサラ系らしく、ご飯の山の真ん中を繰り抜いてそこにカレーを盛り付ける。
一方、西洋料理指南のレシピは、『ネギの微塵切り、ニンニク、生姜を大さじ1のバターで炒め、水1合5勺を加える。そこに鶏、海老、鯛、牡蠣、赤がえるなどの肉を入れて煮込み、カレー粉小さじ1を入れて1時間煮込み、塩で調味してから水溶き小麦粉大さじ2を入れる』とある。
分量や時間表示がある分、西洋料理指南のほうが実用的だ。
当時の事情によりタマネギではなく長ネギを使っていたりするが、今の家庭に浸透しているカレーの基本と大きく外れないだけに、西洋料理指南のカレーのほうが美味しいと感じるのではないかと思う。
これは頼んでみなくては。
出てきた明治風カレーはこんな感じで、見た目は何の変哲もないエビカレーと言ったところ。
具はエビと鶏肉がメインです。
家庭カレーの定番の具である、ニンジンとジャガイモは入っていない。
ニンジン、ジャガイモがカレーに入るには海軍が軍隊食としてカレーを取り入れるのを待たなくてはいけないから、西洋料理指南に沿ったカレーであればこれで良いわけです。
味のほうはやや塩が効いてて粉っぽい感じがする。
粉っぽいのとは少し違うな。カレー粉を感じると言った方が良いかな。
ストレートだけど単純な感じの旨味は、これはこれで変にいじくり回すよりも好感が持てた。
もちろん今の人に合うようにアレンジされているのだが、料理としては随分と単調な印象を受ける。
でもこのカレーは明治時代にはメチャメチャ高級な料理だったのだ。
武士の時代が終わり、文明開化と共に狂気の如く西洋文化を取り込む。
法律も、教育も、服装も、食事も、我も我もと西洋化した時代。
庶民には高嶺の花のこのカレーを、当時のお金持ちはこぞって食べたのだろう。
ご飯に合うと言うのも重要な要素だったに違いない。
西葛西にCoCo壱番屋が出来たが、この手のカレーは西洋料理指南のカレーから大した進化をしている訳ではないと言うのに気がつく。
家庭のカレーは、いつかどこかでコペルニクス的転回を果たすのだろうか。
でもそんな革命的な進化を遂げなくてもいい気もする。
100年以上に亘って培われてきた日本式カレーの伝統は、もう全国の家庭に浸透しているのだから。
歌舞伎の歴史は400年。
今で言うストリップまがいの演芸だと規制されたりしていたものが、いまや世界無形遺産となった。
カレーが横浜に上陸してから140年が経つ。
すでに明治31年には、伝統料理の本である『日本料理法大全』に掲載された。
歌舞伎と比べるなんてお門違いもいいところだが、カレーはカレーで歴史ある食べ物として根付いているのだ。
歌舞伎と明治風カレー。
なんだか、面白い取り合わせでした。

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