インド風カレーの老舗デリーではメルマガ『デリーメール』を配信している。
ある日のデリーメールに、読者の中から希望者を募ってオフ会をすると出ていたので応募しました。
銀座店の人気メニューを前菜からメイン、カレー、デザートまで「厳選素材」と今コックたちが持っている全技術を使って作る、「銀座店 ザ・ベストコース」にしたいと思います。もちろん、「特製カシミールカレー」も登場します。
こう書かれると応募したくなると言うものです。
参加費は材料費2000円を負担すると言うものだが、とにかく惹かれるのは『コックたちが持っている全技術を使って』という言葉です。これが食べられるのなら安いものだ。
・オーガニックトマトを使ったラサム
・インカのめざめを使ったサモサ、TOKYO−Xのスリランカスペアリブとパパドの盛り合わせ
・薩摩しゃものタンドーリチキン
・カリフラワーブジア(インカのめざめと共に)
・スーパーカシミールカレー、またはお好みのカレー
・シェフのデザート
・低温殺菌牛乳で作ったインディアンティー
これが当日のメニュー。
基本的にメニュー自体は銀座店でいつも出ているものです。
ただ食材が違う。そして作り方が違う。

デリーのラサムはトマトスープっぽいラッサムだ。もちろんスパイシーに仕上がっているのだが、インドと言うよりもイタリアンな感じ。
浮き実のようにフルーツトマトみたいな黄色いトマトが入っていて、これがなかなか美味しい。
日本人が食べて美味しいと思えるようにアレンジしてある。私は何でもかんでも現地そのままが良いとは思っていない。
でもラッサムのようなインド特有のスパイス料理は現地に近い方が嬉しい。
最近はインド料理店も増え、マニアではない普通の人でもインド料理に慣れてきている。
もう少し現地風に戻しても充分いけると思うのだが。
TOKYO−Xを使ったスリランカスペアリブ。
これがメチャメチャ美味かった。
TOKYO−Xは東京で改良された豚なのだが、実は世界初の肉質改良品種でもある。
これまでの世界中での豚の改良は、成育が進んだ段階での背脂肪のつき方を押さえて赤肉の量を増やすことに主眼が置かれていた。脂肪の量を減らして肉の歩留まりを高くしようと言うことだ。
これに対してTOKYO−Xは霜降り肉にすることを目指した。
霜降り肉とは筋肉に脂肪が混じっていると言うこと。
脂肪総量が増えれば筋肉内脂肪も増えるのだが、ほとんどは背脂肪にまわってしまう。如何にして背脂肪を抑えて筋肉内脂肪を増やすかと言うことは、極めつけの難題なのです。
更に安全性に対する追求も捨てずに開発した。
TOKYO−Xは安全且つ高品質な、東京の特産品の豚なのです。
スペアリブはアバラの周りの肉を骨付きのまま調理する。
骨の周りの肉が旨いのは誰もが知るとことだが、TOKYO−Xのスペアリブは想像以上に美味しかった。
ソースが滲み込んだ旨さだけではなく、肉そのものの旨さが判る。
それに脂の旨さも際立っている。
肉と脂とソースが絡まると、もう何も言うことはない。
始めのうちはナイフとフォークで食べていたのだけれど、いつの間にか手掴みになっていた。
これも上手く焼いてくれたからこそ。
どれだけ良い素材でも、それを活かす調理がなければね。
サモサには挽肉が入っているのだが、この挽肉はタンドーリチキンに使う鶏の胸肉から作られる。
と言うことは、この日にタンドーリチキンで使う薩摩しゃもの挽肉と言うことだ。
じゃがいもはインカのめざめ。
小粒なじゃがいもで、食べるとポクポクとした栗のような食感。
低温貯蔵することにより粘りと甘みが増す品種のようだけれど、正直なところ、この日のインカのめざめは独特の食感は楽しめるものの、甘みはほとんど感じられなかった。
この芋は火を入れても色目が変らないから、いろんな使い道がある。
芋の選別次第では、インカのめざめを使ったサモサはかなり期待できると思う。
薩摩しゃものタンドーリチキン。
これも美味しい。
しゃも系の鶏肉のしっかりとした肉質が、濃厚なソースをがっしりと受け止めている。
噛んで味のある鶏肉は美味い。
焼かれた肉の味が濃いからこそ、タンドールを使う調理法が活きてくる。
このタンドーリチキンはたっぷりとソースをつけて食べる方が美味しい。
デリーのタンドーリチキンは何度かレシピが変っているそうです。
最近では6年前だとか。
そのときはスパイスの比率を従来の2倍にした。
よりスパイシーなタンドーリチキンにしたわけです。
50年の歴史のあるデリーですが、創業当事と現在とではインド料理に対する客の理解度が全然違う。理解が進み食べ手の経験も増えてきたからこそ、よりインド料理らしいレシピが採用できる。
料理の説明などはデリーの社長が直々にしてくれたのですが、社長の話の端々に感じられるのは顧客の理解度を踏まえた上での味の構築と言うこと。
日本人相手なのに、インド人の味覚を刺激する料理をそのまま出すことが良いことなのか。
日本人には日本人の味覚があり、それを踏まえた上でどこまでインド料理に迫るかを考えるべきではないか。
これは決して客のレベルを見ながら出す料理を変えていくと言うような高飛車な考え方ではありません。
流行りの創作○○料理の類のインド版などと言う浅薄なものでもない。
しっかりとしたインド料理の基本があるからこそできることなのだ。
社長自身がインドで料理を学び、長く勤めた従業員もインドに行かせるというような土台があるからできること。

こちらは40年間レシピが変っていないと言うカリフラワーブジア。
上に乗っている大きな唐辛子はカシミールチリと言うものだそうだ。
大きくて鮮やかな赤のこの唐辛子は辛くない。
色と香りを移すための唐辛子なのだが、実際に食べてみてもほとんど辛味は感じなれないのに大変良い香りがする。
ブジアとはサブジの別の名称なのかと思ったが、食べてみると油を絡めるような炒め具合になっている。蒸し煮のようなサブジと比べるとオイリーな印象だ。
サブジとブジアの違いについて質問してみたのだが、本来のブジアはマンゴーパウダーを使うのが特徴となるそうだ。マンゴーパウダーとはアムチュールのことだと思うが、そうだとすると酸味を効かせた炒め煮ということになる。
しかしこのカリフラワーブジアには酸味は感じられないなと思っていると、『本来はそうなのだが、ウチではマンゴーパウダーは使っていませんけどね』との社長の言葉があった。


そしてスーパーカシミール。
普通のカシミールと違って蓋付きのポットで出てきます。
保温性が高く且つ香りを閉じ込めることが出来るポットで供するには理由があります。
出来る限り手間をかけているからです。
スパイスを調理の直前に炒って香りを高める。
それもホールスパイスごとに適切な時間で炒ってからミルで粉にする。
鶏は提供する直前に焼いて、熱々のままソースに合わせる。
乾煎りして香出しをしたガラムマサラを入れて蓋を閉めてて客席へ。
市販のパウダースパイスを使わずに、その都度ホールを炒ってからミルで挽くというのは大変な作業だ。他のオーダーもいろいろと入る中でそれをこなすのには、たぶんオペレーションの体制から組上げ直さないと無理だったのではなかろうか。
帰り際に社長と話しているときに、原価よりも手間が大変と言っていたのは良く分かる。
それだけの手間をかけて出てきたカシミールカレーの香りは素晴らしいものだった。
パウダースパイスは混ぜ合わせて保存しておくと、熟成してまるで別物のような渾然一体となった芳香を放つ。調理の都度ホールを炒って挽いたスパイスを使ったスーパーカシミールにはこの熟成感とは違う、鮮烈な個々のスパイスの香りがある。
ポットの蓋を開けた途端に個々の香りが卓上で絡まって、なんとも美味そうな匂いがする。
そんじょそこらのカレーにはない香りでした。
カシミールカレーは本来はマドラスカレーとなるところだったものが、手違いでメニューにカシミールと印刷されてしまったものがそのまま名前になったと聞いた事がある。
発売当初はカレー好きにかなりのインパクトを与えたに違いない。
全国のカレー屋がカシミールを模倣した。
色が濃くサラサラで辛いカレーはカシミールと名乗るものが多い。
でもカシミールはやはりデリーのもの。
カシミールを食べるといつも、これはソースだなと感じる。
洋食屋のデミグラスのように、それ単体で既に完成された味を持つ特殊なソース。
だからカシミールに入っている鶏肉はホワイトチキンと言う癖のない鶏なのだ。
東京軍鶏とか名古屋コーチンのように、噛みしめる旨さを持つ鶏肉は逆に邪魔になる。
言い方は悪いが、臭みがなく旨味も薄いブロイラーの方が合っているのだ。
具の鶏肉を美味しく食べるカレーと言うよりも、ソースそのものを美味しく食べるために具の鶏肉が存在している。
私は旨い鶏肉をより旨く食べることができるようなチキンカレーが好き。
ご飯のおかずはあくまでも鶏肉で、その鶏肉がより美味しくなるようなカレーが好き。
そんな私でもこのカシミールというカレーは美味しいと思う。
それは完成されたソースがご飯を美味しく食べるためのものだからだ。
ご飯こそがカシミールの具なのではないかとすら思う。
それともソースそのものがご飯のおかずと言うべきか。
カシミールカレーはチキンカレーではない。
カシミールカレーはカシミールカレーである、としか言いようがないのだ。
そしてこの手間のかかったスーパーカシミールは、硬めに炊かれたコシヒカリの新米をバッチリと美味しく食べさせてくれた。

最後に出てきたのはシェフのデザートと低温殺菌牛乳で作ったインディアンティー。
このデザートがまた美味。
ベルギー産のチョコを使ったムースは舌触りが良く、控えめな甘さも具合がいい。
低温殺菌により香りが死んでいない牛乳を使ったインディアンティーは、するりと喉を通っていく。
仄かな香りは大変優しい。
もっとマサラの効いたものが出てくるのかと思ったが、これはこれで好きなミルクティーなのだ。
手間を惜しまず最高のものを出してくれた財川チーフ、こういう企画を催してくれた田中社長をはじめ、デリーのスタッフ方々に感謝だ。
社長が『この店の厨房は手間を惜しまないんですよ』と言っていた。
半ば呆れ顔ながら、どこか嬉しそうだった。
なんのかんのと言いながら、デリーの懐の深さを感じた一日でした。

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