子供の頃に鯖に当たったことがある。
体中にジンマシンが出て、ものすごくつらかったなぁ。
あれ以来、鯖は敬遠している。
家ではまず食べない。
カミさんは近所で買い物を済ませる。
近所の魚屋を信用していないわけじゃないが、街なかの魚屋と言うものは値ごろなもんを仕入れてくるものだ。だから活け物や、一本釣りされたものなどはあまり見かけない。
生き腐れと言うぐらい傷みの早い鯖のような魚は鮮度が命。
一度当たった経験がある私のようなものは、飛び切り鮮度が良いと思えない限り手を出さなくなってしまう。それでも魚の目利きが出来るわけではないので、結局のところ買うことはなくなる。
外食するときには、気心の知れた余程信用している料理人のいる店でしか食べない。
目利きが出来ない分、普段から信用している料理人の目に頼るのだ。
この人の選んだものならばまず当たることはなかろうという憶測の下で食べる。
そんな食べ方だから、あまり美味しいと思ったことがない。
先日築地に買い物に行ったときのこと。
いつものように
浅田水産に立ち寄った。
欲しかったのは蟹なのだが、手頃なものがなかった。
ならば刺身にするようなものと思ったが、ここ数日は時化が続いているので良いものがない。
焼いたり煮たりするほうが美味しく食べられそうな魚ばかり。
どうしようかと思っていると、鯖が目に入った。
丸々と太ったピッカピカの鯖は、すごく旨そうだった。
値札には釣り鯖と書いてある。
釣り鯖とは字の通り、網で大量に獲ったものではなく釣り上げたもの。
鯖のように手荒く扱うと直ぐに身割れしてしまう魚の場合、大量捕獲されたもののなかには既に身が痛んでいる場合がある。釣り物は扱いが丁寧だからそんな心配をする必要がない。
それに通常は釣り物の方が美味しいと言われている。
私のように恐る恐る鯖を食べる者は釣り物の方が良いわけだ。
魚の少ないときに贅沢な釣りものを買うわけだから、値段は高い。
でもその分、鮮度や身質は間違いないし、近所で見かける鯖よりも二回りは大きい。
なんだか鯖に『一度くらい買ってみてくれよ』と言われているようで、いつもは見向きもしない鯖を高値で買ってしまった。
家で捌いて切り身にする。
出刃を入れているだけで、鮮度と身質の良さを感じる。
見るだけじゃ分からないが、捌いて身に触れてみれば私でも分かる。
高い分だけのことはある。
刺身でもいけるかと思ったのだが、そこは鯖が苦手な私。
どんなに良いものだと思っても、やっぱり味噌煮にしようと思ったのでした。
使った味噌は赤出汁と麹の合わせ。
料理屋のように型良く煮上げることは出来なかったけど、丸々と太っているのが分かるでしょ。
味噌煮と言う調理法は青魚の癖を取るのにもってこいだ。
味噌を赤出汁だけにすればもっと香りよく仕上がるのだが、贅沢なので麹味噌も合わせた。
それでも良い香りが漂う。
箸を入れると身はハラリとほぐれるのだが、決して崩れはしない。
口に入れると、脂の乗った部分はとろけるようだ。
特に皮の裏。
広がる旨味はなんとも官能的。
味が乗っていると言うよりも、旨味が口いっぱいに溶け出すと言った方がいいくらい。
それでいて全然しつこくない。
身自体もシッカリしているとか詰まっていると言うような感じのものではない。
適当な言葉が見つからない。
とにかく旨い。
ひたすら旨い。
こんなに鯖が美味しいと思ったのは、正直なところ生まれて初めてではなかろうか。
釣り鯖と言うものはこんなにも旨いものだったのか。
何で今まで食べなかったのだろう。
鯖ごときに高い金なんか払おうと思わなかった。
ここまで美味しいものだとは知らなかった。
この釣り鯖が店先で私に買ってくれと訴えていなければ、私はこの先もこの美味しさを知ることはなかったかもしれない。
たまたま時化が続いていて、蟹も刺身にするような魚もなかった。
そこにたまたま、売れることなく釣り鯖が残っていた。
普段は買わないのに、たまたまそれを買い求めた。
なんだか、良い出会いをしたような気がする。

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