『ユーロの台所 ルーチェ』の斜め向かい。
けせらんぱさらんは一般的には
けさらんぱさらんと呼ばれている白い毛玉のような物で、幸せを呼ぶと言われています。
そんな物の名がついた中華料理屋って珍しい。
全く飾り気のない店内。やる気の感じられない対応。
入口にあるメニュー紹介の立て看板は安っぽい。
客でいっぱいなのを見たことがない。
危険な香りがしますよね。しかし5年前なら確実に
『ぐるめ?』のカテゴリーに入れたでしょう。
うまかったもの。
当時は素晴らしい中国粥を出していた。西葛西にこれだけの粥を出す店があるのかと、心底驚いた。
中国粥は日本のお粥と違って、作るのに手間と時間が掛かる。
米と水だけでは中国粥は出来ない。出汁を取るために乾貨と呼ばれる乾物を使う。乾し貝柱、乾し牡蠣、乾し椎茸など。それぞれ、良い物は結構材料費が張ることになる。乾貨を使う前に戻すだけで一晩かかる物もある。米を煮る時間も30分やそこらではない。店によっては4時間以上かける。また、ほとんどスープ状になった粥と米粒の残る粥を別に作り、客に出す時に合わせる店もある。
ミスタードーナッツの粥と比べちゃいけないよ。それでもミスドはミスドで、価格と質のバランスを取っているとは思うけどね。
しかし、
知らぬ間に中国粥はメニューから消えていた。
ブログも消えていく運命なのかな?
粥以外の料理はというと、日本人に馴染みのある酢豚、青椒肉絲、麻婆豆腐などのトロミは、全般的に強い。好みの問題だが、わたしは嫌いじゃない。味付けは徐々に変化している。以前は現地色の強い調味だったが、ここ2〜3年は日本人向けのアレンジに切り替えたようだ。
店主の腕が発揮される日本人には馴染みの薄い料理も、味付けが日本人向けに傾いた。豆鼓(トー・チと読む。本当はチの字が違う)という豆味噌(大徳寺納豆のような調味料)を使った炒め物などは、現地の味付けだからこそ美味しく食べられるもの。ただの塩辛い味噌炒めじゃないのだから。
この『現地の味付けだからこそ』というのが店主を悩ませたのではなかろうか。
現地の味付けは、日本人にとっては癖がある。中華街で中国人相手に商売をしているわけではない。主たる客は一般の日本人で、中華料理フリークでもない。
だから少しずつ日本人向けの味に修正した。この修正は、料理を受け入れられやすくすると同時に、皮肉にも店主の個性を消した。
もともと店主の腕はいいと思う。
卵炒めなどはふわふわに仕上がっている。香味野菜の引き立て方もうまい。海鮮の下処理もきちんとしていて、臭みなどない。具材に調味料の味をしっかりと絡ませるところが好きだ。そのためにかなり濃い目の味付けになる物があることも事実。
しかし、『食は広州にあり』、『机以外の4つ足はすべて食べる』という活力溢れる広東料理を体感できる。街の広東料理屋としては、それで充分だ。それだけでもお勧めの店だ。
福臨門のような、洗練されているのに力強い、奇跡のような超高級広東料理店ではないのだから。
店主の姿勢の変化が感じられたので、実際に足が遠のいていた。以前は『ぐるめ?』だったのに『たまには行く』になってしまった。
しかし、最近はまた回帰しつつあるように思える。なので、行く回数が増えた。
まだ食べてはいないが、
中国粥も再び始めたようだ。
先日食べた生菜包(レタスに具材を包んで食べる料理)に使われているレタスなどシッカリした物だったし、肝心の挽肉炒めも美味かった。
鶏と野菜の豆鼓炒めは以前に戻ったような気がする。
もちろん小龍包が破けていることなんかあり得ない。
ここに来たら、青椒肉絲もいいけど、
いつもと違う物を頼んでみることをお勧めする。鶏が食べたいのか、牛肉なのか、野菜を主にしたいのか決めれば、あとの細かいことは相談すれば良い。時間をかけて聞いても大丈夫。今のところ暇そうだから。
『今日のお勧めは何?』と聞いた時に、中国人っぽいイントネーションで『他の店でそんなこと聞いちゃダメよ。余り物、押し付けられるよ。自分の食べたい物、頼むがいいね』と答えた店主の笑顔は可愛かった。
普段、道で会うときの店主はただのオヤジだ。
しかし、先日気がついたのだが、鍋を振っているときの顔は男前だった。
私はこの店が、再び『ぐるめ?』カテゴリーに昇格するような予感がする。

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追記:その後の『けせらんぱさらん』は写真つきで
こちらと
こちらに。

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