またまた西葛西ではなくて恐縮なのですが、久しぶりに友人と飲んだ店をちょっと。
昭和通の一本南側の裏通り。この通りの日本橋から京橋にかけて、どういうわけか蕎麦屋が多い。瑠雨庵、尚更、藪伊豆など。
それぞれが個性のある蕎麦を出している。瑠雨庵などはかなり細くて短い独特の蕎麦に柚子の効いた上品な鴨汁を出していた。この鴨せいろは私の好みのツボに恐ろしいほどピタリとはまるもので、宝町方面に出かけたときの楽しみとなっていたのだが、2年程前に職人が変わってしまった。今でもおいしい蕎麦を出してくれるが、あの繊細な鴨せいろが食べられないのは非常に残念。

この通りに
元禄と言う蕎麦屋があります。
住所は
中央区日本橋2−16−7。日本橋高島屋裏の昭和通り沿いに武田薬品のビルがあり、そのさらに裏通り。
なかなか味のある入口でしょ。
昼はただの蕎麦屋、夜は居酒屋的蕎麦屋。蕎麦もうまいが、この店の売りはなんと言っても日本酒。まだ若い店主の日本酒にかける意気込みはたいしたもので、いろいろなタイプの旨い酒を集めている。
なかには首都圏ではこの店でしか飲めないような酒もある。
店内も店主なりのこだわりが随所にある。とはいっても、お洒落な内装や奇抜な演出と言う類のものではない。例えば椅子。夜はゆっくり飲んでもらいたいという気持ちから、開店に際してはかなり時間をかけて椅子を選んだ。店主自らが家具屋の店頭で一つの椅子に数時間座ってみたらしい。丸一日かけて試せるのは2つか3つ。数日かけて、何時間座っていても自分の尻が一番楽だった椅子を選んだ。売り子に不信がられて恥ずかしかったらしい。
そりゃそうだよね。毎朝来て、一日椅子に座って帰るんだもの。(笑)


まずは突き出し。オクラに刻み昆布、サザエと山葵の茎。やや味が重なるが、それぞれ良い。酒が欲しくなると言う意味で、いい突き出しだ。
この店では吟醸酒と純米酒では出てくる器が変わる。吟醸酒の場合は左のような磁器の器。非常に薄くひいた器で、手の温もりが酒に伝わり吟醸香が活きてくるように作られている。付き合いのある陶芸家に頼んだ特注品。
蕎麦味噌や出汁巻き卵などの蕎麦屋らしい肴だけでなく、変わり酒盗、山葵漬け三種、味噌豆腐、鯛の塩辛、ふぐ卵巣の粕漬けなど、酒飲みにはヨダレが出るものがたくさんある。私は酒量が多い方ではないが、食いしん坊なので、これらのツマミの数々が嬉しい。
この日もいろいろ頼んだのだが、写真に撮ることなど忘れて、ただただ堪能してしまいました。
頻繁に伺う訳でもなくこの日も半年振りなのだが、この店の良く喋る店主とはどういうわけか馬が合い、行くと頼みもしないのに世話を焼いてくれる。久しぶりに会った友人と話があったのだが、気がつくと店主と三人で酒の話なんぞしている。
私の好みも良く知っているので、『何か旨い酒だして』と言うだけ。



出してくれた酒の一部ですが、出色だったのは右2つ。左側も美味しいんですよ。でも、酒は趣味嗜好。私の好みにピッタリなのが右側2つでした。
両方とも出雲の王禄酒造の酒。右から2番目は『丈径』と言う、現在の杜氏である石原丈径氏が自分の名前を冠した酒。杜氏の名前をつけた酒は結構あるのだが、当然その杜氏の自信作でなければ自分の名前はつけない。
一番左はその石原氏が、親子3代にわたって杜氏を勤めた先代杜氏であり名人と謳われた白石秋雄氏に敬意を表して醸した、その名も『白石秋雄』と言う酒。実はこの酒は東京にはない。そもそもの醸造本数が少ないのだが、大阪の卸にしかないとのことで、東京で置いているのは日本橋元禄だけ。それもこの1本だけ。
この2つは他の王禄の酒とは全く違う。特に白石秋雄は口に含むとただの端麗辛口かと感じるのだが、すぐに米の旨さが広がり、嫌味のない吟醸香が鼻に抜ける。くどくない旨味と後口は潔く消えていく。非常に旨い酒でした。
ご紹介はしたけれど、残念ながらもう無くなりますね。でも店主はまた別の旨い酒を見つけてくるでしょう。

最後は蕎麦です。冷がけ鶏そば。
丸くチャーシューのように見えるのは、岐阜の古地鶏のもも肉を丸めてチャーシューのようにしたもの。この店に伺うようになったのはこの鶏肉のおかげ。
たまたま昼飯を食べに入ったのだが、冷やしタヌキに入っていたこの鶏肉が旨くて驚いた。肉自体の味が深いんです。これは何だと店主に聞いたところから付き合いが始まった。
あの時この鶏肉を食べていなかったら、話好きな店主と知り合うこともなく、数々の美味しいお酒にも出会えなかったかも知れない。
冷がけ鶏そばのつゆはコクがあって出汁の旨味が深い。冷たい蕎麦なのだが、かけ蕎麦なので普通のせいろのツユとも温かい蕎麦の甘汁とも違うものになっている。さらにコクを持たすために、鶏脂を加えてある。嫌味も臭みもない鶏の脂がいい。
この店の蕎麦は、ものによっては鰹節が掛けてあったりして、私の好みではないものもある。蕎麦が旨ければ、余分なものは蕎麦の風味を消すので要らないと思っている。だから辛味大根そばを頼む時には『何も乗せなくていいから』と失礼な頼み方をして店主に嫌がられている。(笑)
でも、この冷がけ鶏そばはお勧めです。特に酒の後にはね。
酒を『旨く飲ませる蕎麦屋』はいろいろとあるが、私が訪れた蕎麦屋の中で、ここ以上に『旨い酒を飲ませる蕎麦屋』は今のところない。
平日に日本橋高島屋に行く時には寄り道してみてください。

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